そして次に現れた場所は、焼けた広大な大地だった。
「焼き狸になりたくなかったらどっか消えろ!」
「やだ。あたしはここにいるだ」
 と、言い争っている嵐と少女、村雨莉那がいた。その争いに深い溜息をついて夕香は莉
那の頭の上に乗った。月夜も同じことを考えたらしく嵐の頭の上に乗って辺りを見回す。
「朱雀の気が残っている。荒々しいな。ここまで怒り狂っているとしたら」
「……あそこは神域よ。あたしだから行けたもののあそこを踏みにじられ汚されたら殺さ
れ焼かれても当然」
 月夜は答えずに目を細めた。どうやら気配を探っているようだ。と、タイミングを計っ
ていたように二人の手が自身の頭上に飛んできた。息を合わせたつもりは無いがほぼ同時
に共に動き互いの隣に降り立った。思い切り払い落とそうとしたのか止め切れなかった平
手が自身の頭上に襲い掛かった嵐と莉那は頭を抱えて蹲った。
「……馬鹿だな」
「うん」
 馬鹿としかいえないその二人を見て言ったその言葉に心の底から同意して背後を見遣っ
た。
「どうやらきたようだな。探す手間が省けた」
「ええ」
 振り返るとそこには火の鳥がいた。それが朱雀、四神にして南を司る炎の神。怒り狂っ
たように炎を滅多やらに吹き荒らしている。
「妖より性質悪いな」
 片目を眇めてボソリと言った。夕香はそっと溜息を吐くと中指と人差し指を重ね残りの
指を負った指の形、剣印を作り横に薙ぎ払う。ぴしりと音を立てて何かが張りつめた。そ
の途端、朱雀の動きが止まった。
「還りなさい」
 天狐の妖気というより神気を漂わせて静かに夕香は言った。静かな神気が風に流され厳
かに辺りの空気を支配する。静かな光を湛えた夕香の瞳が月夜を見る。
「……送還した事ある?」
 その問いに是と答え意図を察した月夜は目を細めて空に大きく五芒星と六芒星を描き朱
雀を見据えた。鋭い霊気がぶわりと辺りに満ちる。霊気に巻き起こされた風が吹き荒れる。
初夏と言うのにその風は酷く冷たい。
「送還」
 月夜がすいと手を伸べた。朱雀の後ろに巨大な黒い穴が広がった。穴に朱雀は吸い込ま
れ朱雀が消えた瞬間それも消えた。
 緊張した面持ちの夕香の表情が緩み深く溜息を吐いた。緊張した空気に取り込まれてい
た莉那と嵐もまた深く溜息を吐いた。
「助かっただ」
 真顔で呟く莉那にガックリと俯いた嵐と夕香を見て月夜は冷めた目をしていた。
「……俺は行くぞ」
 その言葉を言うや否や月夜は消えた。その後を追って夕香も消える。
「俺達も行くぞ狸」
「まっとくれよ〜」
 嵐が消え置いてかれた莉那は情けない声をして嵐を追った。
「教官」
 静かな声に振り返ると月夜が無表情に立っていた。その脇には夕香が立ち月夜をちらり
と見て深くため息を吐いた。
「終わったか」
「はい。初っ端から四神を召喚するなんて何してんですか? 教官」
 何もかも知っていたように月夜は呆れた口調で教官に問う。夕香は少し考えた後に意味
が理解できたのか深くため息を吐いた。
「そこまで分かったか」
 教官の顔から厳しい表情が抜け冷たい笑みがその顔を彩った。その表情に肯定の意をと
り月夜は深く息を吐いてあきれた表情を作った。
「……これぐらいしないと、実力など分からない物だよ。いくら優秀な生徒でも実戦にな
ると怖じ気づいて一瞬で消されるってこともありうる。それを未然に防ぐ為に最終試験を
行わせてもらった。いいな」
「はい」
 試された真似をされムッと来ているのか無表情の中に憮然とした物を入り混ぜて頷いた。
「明日から本格的に任務開始だ。これは予行にしか過ぎない。分かったな」
「はい」
 働いた分損したと思いつつも夕香は頷いて寄宿舎に帰ろうとした。
「村雨と科内は?」
「あいつ等なら漫才してると思います」
 呆れた口調で月夜は教官に返し部屋に戻った。夕香は深くため息をついてとまりかけた
足をまた進めた。
「日向」
「はい」
 姿勢を正して振り返ると教官があらぬ方を見て呆れたように溜息をついた。その気配に
怒りが混じり始めたのを感じてとっとと帰れば良かったと後悔の念が渦巻く。
「頭の悪い狼と馬鹿狸をすぐにここに連れて来い」
「はい」
 あくまでも事務的に答えると教官曰く頭の悪い狼と馬鹿狸の居場所を探って教官の前に
連れてきた。その間僅か十秒に満たない。何がなんだか分かってない莉那とやばい事をし
たと反省している嵐の二人に教官の鉄槌が落ちたのは言うまでもない。
「痛いよ〜」
「お前のせいだろ」
 と、頭を抱える二人を寄宿舎の部屋に送り届けるまでが夕香の仕事だった。
「たぬは天性の馬鹿だからこうするしかないのよ」
 夕香はそう前置きすると莉那の妖力を無理やり浄化させて元の狸の姿に戻した。そして
首根っこをつかみ嵐に渡した。わたわたと両足を動かしているが首根っこさえ掴んでいれ
ば引っ掻かれはしないと行動が言っていた。
「今度からそうする」
 狸の濡れた瞳を見てぱっと手を放すと今度は着地に失敗したらしくどでっと鈍い音を立
てて狸は落ちた。それを見て嵐は呆れたように額を押さえた。
「天性のアホの間違いじゃないか?」
「どっちともね。これの場合は」
 と、酷い話をしている二人の会話を聞いて背中から落ちた狸はほとほとと涙をこぼし二
人を見上げている。
「ひどいだよ〜」
 嵐は自業自得だというように狸をつま先で蹴った。毛玉にもみえる狸は前のめりに転び
そうになったがでんぐり返しをして廊下をコロコロと転がっていった。
「駄目だこりゃ」
 それを見た夕香と嵐の二人は同時に額を抑え深く溜息を吐いた。
 そんなくだらない会話を廊下でしているとは思わずに月夜は部屋で静かに本を呼んでい
た。夜の静寂が彼を包んでいる。
 彼が呼んでいるのは洋書だった。文庫本サイズのその本は月夜の手に収まっていた。
 その近くのテーブルには赤ワインが入ったグラスが置かれていた。ふと、本を閉じて寝
室の扉の近くに置いている上着掛けのところから学生カバンを取り出し、数学の教科書、
参考書、筆箱を取り出して黙々と予習を始めた。
 そして夜は更け月夜はテーブルに突っ伏して寝ていた。

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